<< 代官山・旧朝倉邸-3/欄間絵 | main | 代官山・退屈な町 >>

代官山・旧朝倉邸-4/襖絵



襖絵の黒き桜の潔さ

朝倉邸二階大広間の襖絵。うろ覚えだが、三間×二間半ほどの和室(15畳ほどか)が二つあり、真ん中の襖を外せば、大広間になるという部屋の襖に(おそらく一部屋に10枚程度の襖がある)、桜と柳が描いてある。一部屋目は、柳と白い桜が中心になっていて、ふた部屋目は、黒い桜と白い八重の桜が中心となっている(これもうろ覚え、今度行った時に確認)。
柳も桜もちょっと変わっている。柳は、大きな木なのだが、枝垂れ柳とは違う枝ぶりになっていて、花が咲いている。桜は、白と黒の花で、それぞれ五弁と八重がある。ほとんど満開状態で、つぼみはわずか、葉が少し見えている。なぜか幹や枝は描かれていない。
特に目につくのは、黒い桜の花。絵の状態はかなり悪いので、変色したものか、もともと黒かったのか、定かではない。絵の具に鉄分のようなものが入っていて、酸化してしまったということも考えられる。というのも、昔、肥後象眼の職人を取材したときに、下地の鉄をわざわざ時間をかけて酸化させ、真黒にしていたのを、思い出したからだ。もともと黒かったとすれば、かなり大胆だ。しかし、構図は意外におとなしい。桜の花弁はパターン化され、ほとんど襖の下の方に、判で押したように描かれている。画家というよりも、職人の仕事を思わせる。

黒い桜全体 桜と柳
▲「黒い桜の花びら」の襖絵と「柳に桜」の襖絵

これに俳句を付けることができるのだろうか。かなり悩んだ。この情景のポイントは、黒い桜の花にあるのだが、これをどう詠えばいいのか、皆目見当がつかない。

襖絵の黒き桜や秋の暮

全く見たままなのだが、「襖絵」と「黒い桜」は、絶対に外せない言葉だと思った。そうしないとなんだかわからなくなる。
季語は「秋の暮」なのだが、こうした場合、「桜」は季語にならないのだろうか。実際上の季節は「秋」だとしても、内容的には秋である必要はない。絵の中の「桜」が季語として認められるのであれば、「秋の暮」という言葉は必要ないかもしれない。季語に字数をさく余裕はないのだ。いずれにしても、何も響かない句だ。

襖絵は黒き桜の朝倉邸

季語は「桜」として、襖絵の「黒き桜」に「朝倉邸」という箔をつけてみた。そうすることで「黒き桜」に意味を持たせたかったのだが、「朝倉邸」が何か、ほとんどの人は知らない。重要文化財であることの前書きのようなものが必要かもしれない。
ちょっと煮詰まってしまったので、方向を変えることにした。

襖絵の破れてあるも秋の暮

襖絵やつるべ落としのつれなくて


など、黒い桜から離れて、心象を軽くスケッチしてみたのだが、全くつまらない。ここでのポイントは、どうしてもこの黒い桜でなければならないのだ。
「襖絵」という言葉を取って、単に「黒き桜」だけを残すことは可能だろうか。おそらくシュールになるだけで、何が何だかわからなくなる可能性がある。
そもそも、この黒い桜のどこに感動したのか、何が琴線に触れるのか。常識的ではないところか。意表をついたところか。大胆なところか。おそらく、そのすべてだろう。作者の思い切りの良さに共感したのかもしれない。
そう思ったときに、ふっと思いついた。

襖絵の黒き桜や潔し

悪くはないような気がする。「襖絵の」がどうも説明的で気になるのだが、しょうがないとして、それでも、なにかが気になる。あまりにも俳句らしくなってしまって、古臭く感じるのか。切れが良すぎるというか、強すぎて、この情景に似合わないのかもしれない。

襖絵の黒き桜の潔さ

こちらの方が軽くて、自分の気持に近いかもしれない。

他にも、床の間の袋戸棚にはいろいろな絵が描かれている。

襖絵・扇 襖絵・松
▲床の間の袋戸棚の襖絵

この他、猫じゃらしなど秋の雑草を、茶室の天袋の板戸に描いたもの(これがシンプルでなかなかいい)、河童の浮彫のある部屋の床の間にある、白椿の絵など、なかなかいいのだが、残念ながら、手ぶれしていたり、暗すぎたりで、ここに紹介できないのが残念だ。またの機会に撮影して、紹介したい。




コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< April 2019 >>
selected entries
categories
archives
recent comment
                
links
profile
search this site.
others