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代官山・退屈な町

ショーウインドウ

ウインドウののっぺらぼうも冬隣

朝倉邸を出ればすぐ、名にし負う若者の街代官山の大通り。山手通りを左に行けば、すぐに代官山ヒルサイドテラスがある。このヒルサイドテラスは、朝倉邸の敷地の一部だったそうだ。通りから朝倉邸の屋根が見える。
代官山は、最近、何かと話題の多い街だが、休日にもかかわらず、この辺は人が少ない。ショップの中を一通り歩いてみたが、若者向けの雑貨などが多い。通りの反対側に渡り、駅に向かってぷらぷら歩くと、ちらほらと小さなお店があり、ときどき若い二人連れに出会う。私のような年寄りは全く見えない。
途中から、若者について裏道に入ると、そこにも小さなお店がいろいろある。ファッションの店が多いようだ。最近の若者の街だけに、原宿などとはまた違った、どことなく落ち着いたおしゃれ感がある。裏道の店先に、さりげなくポルシェが停まっていたりする。が、人は相変わらず少なく、これで商売ができているのか、他人ごとながら心配になる。

変わった雑貨屋 裏道の店先の高級車
▲代官山のショップ。変わった雑貨屋があったり、高級車が停まっていたりする。

それでも、駅の傍の喫茶店やレストランは混んでいて、お茶を飲むのも、しばらく並ばないといけない。駅前をちょっと離れ、恵比寿の方に歩くと、もう静かな住宅街。さすがに高級住宅街の感じが漂っている。
お店はどうでもいいものが多く、街並みも取り立ててきれいなわけではないし、若者がどこに魅力を感じているのかわからない。私にとっては非常に退屈な街だ。

名にし負う代官山は冬隣

感想は、代官山ってこんなところか、といった感じ。もっと賑やかな街かと想像していたのだが、意外と落ち着いた感じだ。坂が多いことも、そうした感じを与えるのかもしれない。
失望感を「名にし負う」で表し、「冬隣」に、この街のどこかわびしい感じをこめてみた。街を歩いていると、どことなく晩秋の冷たい風が吹き抜けていくような感じがする。そんな街のイメージ。ただ、これでは街の様子も伝わってこないし、だからどうなのか、何を言いたいのかわからない。

退屈な代官山は冬隣

「退屈な」は、「名にし負う」に比べれば何かを語っているが、それでも響いてこない。「代官山」は必要だろうか。

退屈な街見回せば冬隣

ちょっと当り前か。「見回せば」は、状況説明的で、詩になっていない。見回すという動作そのものに詩を感じないのだろう。

退屈な街を急げば冬隣

「街を急ぐ」はいいかもしれない。特に「退屈な街を急ぐ」となれば、何かを感じる。が、何か歌の歌詞にでもありそうで、陳腐かもしれない。

若者の街はさびしき冬隣

どうも面白くない。新しさもなければ、おもしろさもおかしさもない。何のために俳句を作っているのか、まったく伝わってこない俳句だ。またもや煮詰まってしまった。

ウインドウののっぺらぼうや冬隣

いい言葉が浮かばないまま、写真を見ていて、すらすらと出てきた句。写真そのままだが、どこかおもしろい。「ウインドウののっぺらぼう」と言えば、誰でもマネキンを思うだろう。そして「冬隣」となれば、マネキンはコートなどを着ている、ということが想像できる。それが、どこかさびしい街を連想させないか?こんな単純なことでいいのではないか?
ただ、「や」がどこか浮いているような気がする。トーンは新しいのに、「や」が一気に古臭い感じを与えてしまうのかもしれない。

ウインドウののっぺらぼうも冬隣

余韻は薄れたかもしれないが、雰囲気はある。「も」とすることで広がりが出たかもしれない。ウインドウの中だけではなく、この若者の街にも冬が近づいているという実感が出ているような気がする。「や」だと、街に先駆けて、ウインドウの中に、早くも冬が来ている、ととらえられる可能性もある。それとはちょっと違うのだ。







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