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恵比寿ガーデンにて

恵比寿ガーデン野外音楽堂

酒断てば恵比寿ガーデンそぞろ寒

代官山から恵比寿まで歩いて、恵比寿の有名なラーメン屋でラーメンを食べた。癌になって初めてのラーメンだが、熱いのはだめ、コショウもかけられず、であまりおいしいと感じない。喉はなかなか治らないのだ。
少し時間があったので、恵比寿ガーデンの写真美術館に行ってみる。ちょうど公募展をやっていて、なかなかおもしろかったのだが、何せ点数が多すぎて疲れた。帰りに、広場に出ると、風に乗ってオペラのような歌が聞こえてきた。野外音楽堂でコンサートをやっているようだ。
カメラと交換レンズの入ったリュックが重い。音楽堂の近くのベンチにぐったりと腰をかけながら、聞くともなしに歌を聴いていたのだが、歌が終わっても、拍手がほとんどない。周りを見回してみると、観衆はほとんどいなくて、数人の関係者だけが拍手をしていた。
冷たい風が吹き抜けて寒い上に、この何ともわびしい光景を見るに堪えないので、立ちがる。恵比寿ガーデンには昔、何度か来たことがあるが、このような音楽堂はなかった。たしか電車の車庫後を利用して、バーベキューを食べさせる大きなビアガーデンだった頃のこと。恵比寿と言えば、やはりビールだ。

秋寂びて風泣く野外音楽堂

古い。「風泣く」はないだろう。

リュック重く秋寂ぶ野外音楽堂

これも古い感じがするのは、「秋寂ぶ」という季語のせいかもしれない。また、「野外音楽堂」という言葉は長すぎる。i言う必要があるか?
ここで何を言いたいのか。リュックが重いことか、秋の寂しさか、野外音楽堂なのか、はっきりさせる必要がある。
「リュックが重い」のは、朝から歩きづめで疲れているからだし、それはそれでひとつ言いたいことだ。また、「野外音楽堂」は、暮れかかった秋の日を浴びて、冷たい風が吹き抜ける中、誰も聞いていない歌を一生懸命歌っている、というその何とも言えない寂しい風情に惹かれたからだ。が、本当にそうしたことを俳句にしたいのだろうか。
恵比寿と言えばビール。コンサートを聴きに来たわけではない。できれば、ここでビールをぎゅっと飲みたいところなのだが、酒は禁止されていて飲めない。この場面では、そうした悔しさの方が強い。さびしいコンサートなどは、実はどうでもいいのではないか?

気もそぞろ釣瓶落としのコンサート

もう日が落ちようとしている中、コンサートなどはどっちでもいい。通行人は、酒を飲みたい気分で気もそぞろなのだ。「気もそぞろ」は自分のことでもあり、周りの通行人のことでもある。
ただ、考えてみると、これでは何が何だかわからないのではないだろうか。「釣瓶落としのコンサート」は、俳句に慣れたひとであれば、なんとなくわかる。しかし、なぜ「気もそぞろ」なのか。これだけではわからない。

酒断てば恵比寿ガーデンそぞろ寒

これなら誰でもわかる。酒が飲めないのに恵比寿ガーデンに来ているなんて、秋の風がよけい身にしみる、といったところだ。川柳のような句だが、他の句に比べればまだましかもしれない。




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