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北鎌倉の紅葉-4・建長寺

建長寺本尊・地蔵菩薩

建長寺本尊さやか坊主刈り

浄智寺を出たのが昼過ぎで、その後に食事をし、あじさい寺に行くつもりだった。ところが、鎌倉街道は人の波で、食事のできるお店というお店は長い行列で、長く待たされそうだ。食事の時間をずらして、先にあじさい寺に行くことにした。どうせみんなあじさい寺に行くのだろうと思い、人の流れに任せて歩いていたのだが、なかなか着かない。変だなと思っていたら、もう建長寺に着いてしまった。あじさい寺を通り過ぎていたのだ。
建長寺総門の前は、観光バスが数台停まっていて、総門から三門までは、人の波だ。さすがに臨済宗総本山、鎌倉五山第一位というだけあって。雄大な三門をはじめ、広大な敷地に数多くの伽藍が配置され、見どころが多い。
まず、仏殿にある本尊の地蔵菩薩を拝み、写真を撮らせていただいた。この地蔵は、かなり大きく威厳がある。目の異様に白いところが印象的だった。
次に、すぐ奥の法堂に行き、千手観音を拝観。ここは、どことなくがらんと広く、一番奥の御簾の陰に千手観音坐像があり、その手前に、たしか大阪万博で話題になった、パキスタンの釈迦像と狛犬の香炉?が置いてある。この釈迦像は、日本の仏像とはかけ離れた感じで、ちょっと違和感がある。

建長寺三門 建長寺鐘楼
▲教科書にも出てくる、雄大な建長寺三門と国宝の洪鐘建長寺法堂内仏像 建長寺法堂の千手観音
▲法堂奥から「千手観音象」、パキスタンから送られた「釈迦像」と「狛犬の香炉?」。右の写真は千手観音像のアップ。しゃれこうべを持っているところが面白い。

その後、唐門を見て、庭を拝見しようとしたのだが、人が多すぎてあきらめ、烏天狗がいるという、半僧坊に行くことにした。途中、正統院に寄り門の写真を一枚だけ撮影。非常に雰囲気があって、人も少なくいいところなのだが立入り禁止。
半僧坊までは遠く、途中、鳥居などが出てきて、建長寺のはずなのに、神社の雰囲気。考えてみれば、烏天狗と仏教は何の関係もないはずだ。どうしてそれがここにあるのかは、深く考えないことにして、苦しい石段を登りきって、やっと烏天狗がいる場所に出た。烏天狗が十体ほどと、大天狗が一体、山の斜面の岩陰などに、さまざまなポーズで立っている。観光用に作られた感じがあって、あまり風情があるとは言えない。
その上にさらに急な石段があり、それを登り切ると半僧坊だ。建物が一つと休憩所があるだけだ。見晴らしがよく、右手には富士山がきれいに見え、左手の休憩所からは、秋の日にきらきら輝く湘南の海が見える。

建長寺正統院門前 建長寺半僧坊の烏天狗
▲建長寺正統院と半僧坊の烏天狗

総門を入ってから出るまで、約1時間30分。ほとんど何も見ていない、という感じで回って、そのくらいの時間がかかってしまう。見どころが多いので、しっかり見ようと思ったら、この寺だけのために一日を割く、というくらいの気持ちがないとだめなようだ。
ばたばたと回ったため、とりとめのない印象だ。広大な敷地に大きな伽藍があったり、小さなお寺があったり、かと思うと、半僧坊のような、神道の修行場があったり、不思議な寺だ。

短日や知性とまどふ建長寺

神仏混交だったり、本尊が地蔵尊だったり、パキスタンの仏像を受け入れたりと、ほんのわずかではあるが、私が持っている寺の知識では、戸惑うことばかり、という気持ちを詠んでみた。下調べもなく、突然、しかも初めて来たのだから、戸惑うのはあたりまえ。「知性」は大げさ。自分のことなのだから、「知性」はない。

短日や無知がとまどふ建長寺

「知性」を「無知」に変えてみた。自嘲的でいいのだが、「無知がとまどう」ではわからない。
全体として平凡で、引っかかるものが何もない。発想を変えないとだめなようだ。

白き目の地蔵や秋の建長寺

建長寺らしさとは何か、改めて考えてみた。広大な敷地や大きな伽藍などを詠んでも古くさくなるだけのような気がするし、かといって、建長寺の歴史に思いを馳せるほどの知識もない。ただ、本尊の地蔵尊にはちょっと感動したので、そのことを詠んでみた。地蔵尊の白い目が非常に印象的だった。
ただ、これだと、だからどうなの、という感じがするし、「秋の建長寺」という季語の扱いも安易だ。

秋地蔵坊主刈りなり建長寺

この地蔵をはじめて見た時、どこか違和感があって、それが何かよくわからなかったのだが、この写真を見ていて気がついた。この仏像には髪がないのだ。髪がない仏像は珍しい。地蔵といえば、よく道端に立っている石の地蔵さんしか思い浮かばないのだが、確かに石の地蔵さんは坊主頭だ。この地蔵尊は、鎌倉の大仏様のような座像で、しかも大きいため、石の地蔵さんと同じ仏様とは思えないのだ。頭は、螺髪が取れてしまったような感じで、顔などとどこか質感も違う。
これはおもしろい。何か俳句になりそうだという直感があった。「坊主刈り」という表現は、すぐに思いついた。仏像が坊主刈りというのは、どこかおかしく笑える。ところが「秋地蔵」はだめだ。季語を入れる、というのは自分に課したことなので、入れないわけにいかない。

建長寺本尊さやか坊主刈り

季語に悩み、歳時記を何度も見直して、「爽やか」という季語に目をつけた。「爽やか」は、三秋の季語で、この坊主頭の地蔵さんにはぴったりではないか。
最初は「建長寺地蔵爽やか坊主刈り」としたのだが、どうも思ったほどおもしろくない。おそらく、「地蔵」と「坊主刈り」の組み合わせが当たり前すぎるのだ。「本尊」が「坊主刈り」であれば、そのギャップが何となくおかしい。字数を合わせるため、「爽やか」を「さやか」にした。動詞が一つもないためか、どこかぶつぶつしているが、まあこんな所か。




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