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箱根ポーラ美術館の佐伯祐三展

ポーラ美術館入り口

思春期へ佐伯祐三十二月

箱根のポーラ美術館で、「佐伯祐三とフランス―ヴラマンク、ユトリロ、日本の野獣派」展という、長い名前の展覧会を見てきた。本当の目的は、ポーラ美術館の庭の紅葉。紅葉は、ところどころにわずかに茶色に枯れた葉を残す木があるものの、もうすでに終わっていると言っていい状態で、肩すかしをくらってしまったので、絵でも見ようかということになった。
私が子供のころは、エコール・ド・パリの画家たちが好きで、たしか、中学3年から高校にかけて出版された、平凡社の世界美術全集を親に頼みこんで買ってもらい、毎日眺めたり、模写したりしていたのだが、佐伯祐三は、たしかその時に、知ったのだと思う。
平凡社の世界美術全集は、全20数巻、時代と国別になっていて、解説も細かく、非常によくできた本だったが、残念だったのは、カラーページが10ページ程度しかなかったこと。しかし、佐伯祐三は、日本近代洋画の巻に、パリの裏町がカラーで出ていたように思う。他にも郵便配達夫など数点あって、それは、モノクロだったと記憶している。
当時は、ユトリロの真似のような絵だと思っていたが、どこかひきつけるものがあって、だんだん好きになっていった。大学を卒業し、ある程度お金が手に入るようになって、真っ先に買ったのが、エコール・ド・パリの画家たちを画家別に編集した画集だった。もちろん、その中には佐伯祐三の一巻もあって、それは今でも持っている。
ちなみに、私が命の次に大切にしていた、平凡社の世界美術全集は、大学を卒業する時に、友達に借金のかたとして持っていかれてしまった。
今回の佐伯祐三展は、おそらくポーラ美術館所蔵の絵をうまくアレンジして展示した、いわば企画展覧会なので、佐伯祐三の代表作はなく、点数もおそらく十数点しかないだろう、私が見たことのない絵が多かった。
ただ、おもしろかったのは、ヴラマンクとユトリロの絵を、佐伯祐三の絵と並べて、かなりの数、展示してあること。佐伯祐三が、何に影響されたかが一目瞭然で、ユトリロと並べると、本当にユトリロが酒に酔って書いたのじゃないかと思えるほど似ている。
さらにおもしろかったのは、セザンヌとルノアールも一緒に展示してあって、日本の画家にいかに彼らの影響を受けたかを見る企画。それがまた、そっくり。安井曽太郎とか梅原龍三郎とかの著名の画家の絵などは、影響を受けたというより、全く真似をして描いたという方が正しい。私の大好きなエロシェンコの肖像で知られる中村彝の絵なんかは、ルノワールの贋作ではないかと思うほどだ。
ポーラ美術館は、所蔵品が多くジャンルも広いので、常設展を見ているとかなり楽しい。、「近代美術全集」を見ているようだ。明治から大正、昭和初期の日本の洋画を久しぶりに堪能した。
私は、子供のころから思春期を経て大学まで、絵と共に過ごしてきたような気がする。もちろん、東京に出てくるまでは、本物の絵を見ることができず、美術全集を見ながら溜息をついていたのだが、大学時代は、その憧れの絵を見るために、美術館を歩き回ったものだ。東京に出てきて、真っ先に見に行ったのが、ブリヂストン美術館。青木繁の海の幸の本物を見た時は、体が震えるほど感動したのを覚えている。
ということで、今回の俳句には「思春期」などという、ちょっと恥ずかしい言葉が出てきたことの言い訳になっただろうか?

箱根ポーラ美術館の紅葉 ポーラ美術館から見た山の稜線
▲ポーラ美術館の独特な空中通路に残っている紅葉と枯れた前山の稜線

佐伯祐三がなぜ好きかというと、若死にした天才画家だということに関係がありそうだ。モジリアニや青木茂が好きなのも同じ理由だ。それがもし、長生きして、同じような絵を描き続けている大家になっていたら、おそらく好きになっていなかった。
青春時代を、思い出してしまったので、「佐伯祐三」という「人」を俳句にして見る気になった。

鈍色は佐伯祐三冬の色

佐伯祐三の絵は、チューブから出した絵具をそのままキャンバスに殴りつけたような印象があるが、実物を見ると必ずしもそうではない。かなり繊細に色を重ねている。そうした実感を「鈍色(にびいろ)」と表現してみた。ただ、下五の「冬の色」はだめだ。「鈍色」を説明している。

鈍色は佐伯祐三十二月

「十二月」と、季語を突き放した感じで置いてみたら、これがなんとなくぴったりと来ている。私にとって、佐伯祐三のイメージは十二月なのかもしれない。
とはいえ、ここに詩があるだろうか。青春時代に感じた佐伯祐三への思いが出ているだろうか。

青春は佐伯祐三十二月

「青春は」は、違うかもしれない。加山雄三が出てきそうだ。もっとじめじめした陰気な感じというか、オタクな感じが欲しい。

思春期は佐伯祐三十二月

わからないでもないけど、どこかわからない。「思春期」は、ひとまず目をつむるとして、「は」がだめなのかもしれない。「思春期は」と「十二月」がうまく共鳴していないのではないか。

思春期へ佐伯祐三十二月

「は」を「へ」に変えただけで、随分ニュアンスが変わった。「思春期」という過去の回想ではなく、いま、思春期のような気持になっている、という風にとらえることができる。これはまあまあ満足。
ただ、「十二月」が「三十二月」に見えるのが気になるなあ。




コメント
こんにちは。拝見致しました。ご自身の青年時代の熱い思いがこの句から伝わってくるように感じます。やはりご自身で、気になっておられるように、私も句の最終部分が”三十二月”に見えてしまうところが、難しいところかもしれませんね。
 お風邪をめされたとのこと、どうぞ温かいものをお飲みなって喉を大切に。
 私は絵の素養が全くないので、先日「フランス画家」の朝日文庫の本を読みました。お元気を出して頂ければと、感想文をメールでお送りしたいと思います。私も同じように”エコールドパリ”と呼ばれた、才能ある画家達の人生を読んで知ったとき、胸がつまりました。また、次の作品を楽しみにしております。
しろくま。
  • しろくま
  • 2008/12/08 6:18 AM
しろくまさん。こんにちは。

私もそれほど詳しいわけではありませんが、エコール・ド・パリの画家たちのほとんどは、アカデミックな画壇からは見放された、いわば落ちこぼれの人たちだったように思います。しかし、自意識は強く、人一倍情熱にあふれた若者たちでした。モンマルトルという狭い場所に集まって、全体としてみれば、頽廃の中に溺れていたのです。まるで、新宿の歌舞伎町のようなところだったのでしょうか。しかし、その中から、新しい波は生まれてきました。
フォービズムやキュービズムは、やがてアメリカに渡り、モダンアートとして花開いたといっても間違いではないと思います。彼らがいなかったら、現代アートはなかった。まあ、トキワ荘で情熱を燃やしていた貧乏漫画家、手塚治虫や赤塚不二男、藤子不二雄などがいなかったら、今、日本が世界に誇るアニメもなかった、というようなことと似ていませんか。
不思議なもので、天才は、ぽつんぽつんとは生まれてきません。ある時期、ある場所にまとまって生まれてくるのです。
今の時代は、おそらく天才不在の時代でしょう。もうしばらくすると、天才がどっと出てくるかも。

  • 無一
  • 2008/12/08 7:46 PM
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