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南伊豆の正月/4-河津七滝巡り(3)

三椏の花

三椏や何か言ひたしさびしきか

先の滝の句、二句、どうも気に入らないので、今日はもう一句追加することにした。観光地を詠むのはどうも苦手、常套句しか浮かんでこない。
七滝を見終わって、この河津川を戻ってくる途中、やっと滝のことから頭が離れ、周りを見回す余裕が出てきた。よく見れば、天城連山から流れ出すこの川は、なかなか趣がある。観光客がいなければ、鄙びた山村の風景なのだ。烏瓜やら、何かわからない赤い木の実やら、椿が盛りで、川っぷちの日陰には、三椏の黄色い花も咲き始めている。

三椏や天城の渓はさびしかり

日陰に咲く三椏の花を見て、さびしい風景だと思った。自分がさびしいのではなく、風景がさびしいのだ。さびしい絵だ、とか、さびしい写真だというのと同じ感覚。そこをストレートに表現してみた。これでもいいようなものだが、ちょっと感情が出すぎているような気もする。

三椏や天城の渓はふとさびし

こちらの方が、一瞬をとらえていて少しいいかもしれない。
と、昨日までは思いつつ、これも、今朝になってちょっと違うように思えてきた。この句から「天城」をとってしまったら、つまらないのではないだろうか。逆に言えば、「天城」という言葉は、個性が強すぎる。

三椏やこころの渓のたたずまひ

と変えつつも、ここで行き詰ってしまった。「三椏」とか「渓」という言葉に、あまりにも自分の思い込みがこめられすぎているのではないか。

三椏の花は不思議な花だ。小さいバナナのような形をして、猫の毛のようなにこ毛の蕾は、いつ見てもつい触りたくなってしまう。
花は唇のような形で、口を尖らして何か話したそうに見える。野生の花は黄色だが、園芸用には赤い花もあるので、ますます唇に見えてしまう。

三椏や声なき何か語りかけ

こういう感じ。「語りかけ」が、主語があいまいでどこか変なので、

三椏の何か言ひたし恥じらいて

はどうだろうか。{恥じらいて」と、擬人化したところが嫌味なので、

三椏や何か言ひたしさびしきか

としてみた。「さびしきか」と軽く問いかけているところがちょっと気にいった。


<090203/推敲>
この句は主語が曖昧でどうも気持ちが悪い。意図するところは、「三椏よ、何か言いたそうにしているけれども、さびしいのかい?私もそうなんだよ」ということなのだが、そこのところがもたついている。

三椏の何か言ひたきやさびしきや

ということだが、「き」と「や」の繋がりが不自然(文法的に間違っているのか?)で、しかもそれが二つ重なっているところが気に入らない(意識的なのだが)。

三椏よ何か言いたいかさびしいか

と、口語調にした方がすっきりする。この字余りをどうにか解消したい。

三椏の何か言ひたやさびしきか

また、文語に戻ってしまったけれども、これでどうだろうか。何とも言えないので保留。





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