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南伊豆の正月/5-浄蓮の滝

浄蓮の滝

冬ざるる浄蓮の滝肩の先

河津七滝の後、食事をしようと思って湯ヶ島まで来たが、下調べもしていないので行きあたりばったり。カーナビで調べたお店は、浄蓮の滝のまん前にある猪鍋屋さん。伊豆一番の観光地とあって非常に混んでいる。変なところに来てしまったと後悔しながらも、家族は浄蓮の滝が見られると喜んでいる。
浄蓮の滝は、石川さゆりの演歌「天城越え」で一躍有名になってしまったが、その前は、松本清張の小説「天城越え」の舞台としても知られていた。私は40年ほど前、社員旅行で来たことがあり、あまり感動はしなかったのだが、滝壺で釣りをしている人がいたことを、なぜか鮮明に覚えている。
渓は意外に深く暗い。渓に降りる石段は、観光客であふれている。渓に降りたところに小さなワサビ田とお土産屋があり、その周りを回る感じで滝を眺めるようになっている。うまく考えてあるものだ。
渓流に降りることもでき、釣竿を出している人が数人いる。よく見れば、釣り堀になっていて、お土産屋には渓流釣りの竿や餌などが用意してあり、30分500円とかで貸している。商魂たくましいというかなんというか。この寒さの中、こんな観光地に来てまで釣りをしようという人がいるからおもしろい。
肝心の滝は、人だかりでゆっくり写真に撮ることもままならない。その上、渓は暗く、手ぶれ写真を量産してしまった。
せっかく、日本中のだれもが知っているのではないかと思われる滝に来たのだから、俳句の一句でもひねりたいのだが、もう、滝の俳句には飽きた。出てこない。

浄蓮の滝も虚しや冬の旅

愚かにも浄蓮の滝寒き旅


などと作ってみるも、全然おもしろくない。相手が、夏の季語の滝なので、それをこの冬場にどう表現するか、季語にも苦労する。いっそ、演歌のパロディーのような句を作ってみようかと考えた。

冬滝や石川さゆり天城越え

としてみたが、これでは言葉を羅列しただけ。

冬滝やつい口遊む天城越え

これもわざとらしくてだめだ。「天城越え」の歌詞を思い出してみる。

  ・・・・浄蓮の滝
  舞い上がり揺れ堕ちる肩のむこうに
  あなた・・・山が燃える

たしかこんな歌詞だ。この世界をそのまま俳句にしたらどうなるか。

浄蓮の滝情念の冬ざるる

これで石川さゆりの演歌を思い出した人にはわかるかもしれないが、これでは何のことかわからない。「情念の冬ざるる」なんか捨てがたいのだが。

冬ざれや浄蓮の滝恨み節

よけい何だかわからなくなった。

冬ざれや浄蓮の滝肩の先

ちょっとやっていいのか悪いのかわからないのだが、歌詞にある「肩のむこう」を取り込んでみた。意識的に「滝」と韻を踏んで「肩の先」としてみる。どこか艶っぽくなってドラマが感じられるのは私だけだろうか。リズムもよく、まあまあだと思うのだが、中七も下五も体言で止めているのに、その上「や」という強烈な切れ字を使うのはどうか。

冬ざるる浄蓮の滝肩の先

この句から演歌「天城越え」を連想してもらえれば、成功。





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