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旅の終わり/2-たそがれの海と月

たそがれの海と月

混沌の海や寒月細く落つ

たそがれ時の海と月を、同時に一枚の写真にしようと思うと、どうしても縦長の写真にならざるを得ない。広角レンズで撮影しているため、月が小さくなってしまった。左上に小さく写っているのが月である。
この日の月を調べてみると、月齢が5.6日、静岡での月の出が10:04、月の入りが22:06となっている。この写真を撮った時間が17:24となっているので、この月は、あと5時間弱で海に落ちることになる。

日が海に沈む寸前 海に落ちていく冬の三日月
▲左:海に沈む直前の蜃気楼のような夕日。右:日が沈んだ西の空にかかる冬の月。

手持ちの望遠で月を撮るのは至難の業だが、案の定、手ぶれ防止装置の付いているカメラでも、ほとんどは手ぶれを起こして使い物にならない。先の俳写の写真も、同じ時間帯に撮影しているため、ほとんどは手ぶれを起こしている。この太陽が沈む直前の写真は、ある程度明るさがあったにもかかわらず、焦って撮影したこともあって、かなりぶれていることがわかる。
この写真は、ワイドで撮っていることもあり、どことなく雰囲気があるので、俳句をつけてみることした。

細き月冴えて夕日に間に合わず

夕日を見るつもりが間に合わず、月を見ることになってしまった、ということを言いたかったのだが、事情を知らない人には、何のことだかわからない。月が夕日に間に合わないようにしかとれない。

宵明し寒月細し海さびし

まだ、太陽が沈んだばかりで空が明るいのに、その夕焼けの西空に月が出ている。このおもしろさをまず言いたい。それと、それを見ている自分の気持ちも言いたい、と欲張った結果が、こんな句になった。ちょっと遊んでいるだけのつまらない句だ。

混沌と寒月細し宵の浜

さんざん悩んだ末に、上五に「混沌と」と置いてみた。この「混沌と」にあまり意味はない。海も空も富士山も、道を行く人も、自分の心も仕事も未来も、すべてはこのマジックアワーの中で混沌としている。そうした感覚を表わした言葉だ。これは何となく言えているような気がするが、「宵の浜」がだめだ。場所と時間帯を言いたかったので、こんな言葉を使ってしまったが、単なる状況説明になってしまったようだ。

混沌の海や寒月細く落つ

「混沌の海や」と、何も説明しないで切ってしまう。この突き放した感じがいいかもしれない。最後の「落つ」で、おおよその月齢がわかる。混沌の海に細い冬の月が落ちていくのだ。壮大な天空のドラマが感じられないだろうか。
混沌と寒月細く海に落つ」とした方がいいのではないかと、ふといま思った。どうなんだろうか。





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