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夏の海辺の鳥-3/青鷺と観覧車

青鷺と観覧車

青鷺の時ゆるやかに逆転す

谷津干潟の場合は、団地や高層マンションのど真ん中に、こうした大型野鳥が生息していて、そうしたことにあまり違和感を感じていなかったのだが、こうして、大観覧車の下にアオサギがひっそりと佇んでいる風景を見ると、どこか不思議な世界へ迷い込んでしまったような感じがする。
もちろん、青鷺が不思議なのではなく、観覧車のあることが不思議なのだが、違和感を感じるというよりも、妙に調和していて、そこがどこかメルヘンチックなのだ。

魚を狙っている青鷺 青鷺と観覧車2
▲左:先の小鷺と違って、この青鷺は、魚をむやみに追いかけまわすことはしない。小魚が近づくのを、鋭い目でじっと見ている。右:左とは違う場所にいたもう一羽の青鷺。こちらは、青葦の間をスローモーションを見るようにゆっくりと歩いていた。

この空間にあるものは時間だ。ぴくりとも動かず、鋭い眼光で水中を見つめる青鷺と、動いているのかいないのか、これもまたほとんど動かない観覧車。このゆっくりとした時間が、見ているものを異次元に誘い込む。

青鷺や無念無想に時を待つ

微動だにしない青鷺を表現したものだが、このどこか象徴的な風景を表現しきれていない。超現実的な時間というものを強調したい。

青鷺のゆっくり回る時間かな

これは、表現が幼稚。幼稚なところがおかしくていい、ともいえるが、もっと詩的な言葉を探す必要がある。

青鷺や時ゆっくりと逆転す

「逆転す」はおもしろいかもしれない。どこかシュールな匂いがする。ただ、「青鷺や」と強く切ってしまうのはどうか。ここできってしまうと、その後が、情景の説明になってしまうような気がする。

青鷺の時ゆるやかに逆転す

「青鷺の時」として、ここで軽く切った方が、よりシュールな感じがして、写真の観覧車が生き生きしてくるような気がする。
森のこちら側には青鷺の仮想的時間があり、向こうには、人間世界の現実的時間がある。しかし、お互いの緩やかな時間が接触することによって、新しい夢幻世界が始まり、時間は逆転、観覧車も逆回りして、過去へと流れていく。と言ったイメージだ。まあまあ。





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